金髪はダメ
指輪はダメ
時計はダメ
靴下は白
靴も白
ピアスはダメ
施設によってはこのように「厳しい」施設もあると思う。
私が働いている施設も上記のような感じなのだが、特に不便とは思っていない。
むしろ、「これくらいでちょうど良いのではないか」と思っている。
今の時代は「個性」を主張して、「ピアスやネックレスなどの装飾」「入れ墨(タトゥーと言うべき?)」などが珍しくなくなった。
先日、Twitterで「自分の施設は「金髪」以外良い。指輪がダメな施設とか今どきあるの?」とTweetされているのを見た。
施設の規律を「ナンセンス」だと感じているのだと思うが、これにはちょっと疑問である。
「介護施設」の現状は知らないが、病院は「医療サービス業」だ。
患者さんは「治療(今までの生活を取り戻したい)」や「安心」を買いに来ていることを忘れてはいけない。
サービス業である限り、相手のニーズに応えなければならない。
その中の一環として「見た目」は大事になる。
一流のホテルで働くスタッフは「ビシッとした制服」が似合う。
「Tシャツ」に「ジーンズ」では、見た目だけで「大丈夫かな?」と心配になってしまう。
「メラビアンの法則」というのをご存じだろうか?
人は、他人から情報を得るときに、
ボディランゲージ(服装・表情・しぐさ・姿勢・身振り・手振り)から55%の情報を得て、話し方(言い方、テンポ、リズム、抑揚、ため息)から38%の情報を得て、言葉の意味から7%の情報を得るらしい。
つまり、ノンバーバル(非言語的)な情報から93%もの情報を得ている。
要するに、どれだけ雄弁に立派な事を話しても、「身なり」や「話し方」が悪かったら、他人からは「悪い」と評価される。
一時期「人は見た目が9割」という本が流行ったが、「見た目」は自分たちが思っている以上に大事である。
これを知っていれば、おのずと「服装」の大切さが分かるはずである。
こういうことを言うと、「個性が失われる」とか言う人が出てくる。
個性とは「個人または個物を他から区別する固有の性質」と辞書にあるが、服装が統一されても「個性」は失われない。
「輝き」を持っている人は、きちんと輝ける。
プライベートでは自由な服装をしてもらって良いが、色んな事を学ぶと、「見た目」は「他人の期待するもの」に合わせるべきだとわかってくる。
特に医療関係は相手に「安心」が期待される職業である。
「汚れている白衣」より、「きれいな白衣」の方が「菌が少ない」ように見える。
清潔感とはそういうものである。
「規律」に従うのが嫌なら、その組織を辞めれば良いだけの話。
「ルールに縛られるのが嫌」というメンタル面は理解できるが、そこに固執していても何も解決しない。
怜悧(れいり)な人はそういう事を考えることに時間を使わない。
組織で決められたルールの中でやるしかないのだと切り替えて動く。