先日、『コンフィデンスマンJP』という映画をみた。
この映画の冒頭に、ヘミングウェイの詩が画面に流れた。
他人より優れていることが高貴なのではない。
本当の高貴とは、過去の自分自身より優れていることにある。アーネスト・ヘミングウェイ
私たちはいつも「周りの人」と比べてしまう。
周囲の人と比べて「良い」「悪い」を判断する。
これは『社会的比較』と言われ、人間はそういう動物であると研究結果にもある。
私たちにはもともと、他者と自分を比較する本能が備わっているのだ。
社会的比較は、マイナスの感情を引き起こす要因になる。
ドイツ語では『シャーデンフロイデ』と呼ばれる、他人の不幸を喜ぶ気持ちだそうだ。
羨んでいた人が失敗したり、失脚した時に私たちを捉える感情である。
メディアがこぞって『不倫報道』や『家族の確執』『失脚報道』を報道し、それをネタに私たちが喜んでいるこの感情である。
「へぇ~あんなシッカリしてそうな人がねぇ~」
「あんなにカッコいいのに勿体ないねぇ~」
と口では言いながら、どこかしら「自分自身」に価値があると思い込もうとしている。
比較することで、どこか安心しようとしている。
これは『高貴』とは言えない・・・とヘミングウェイは説いている。
私たちは他人と比較する・・・という本能は否定できない。
この事は知っておく必要がある。
その上で、私たちは自分自身と向き合って『成長』しなければならない。
医療の世界はマウンティングを取る人が多くいる。
他者と比べて「自分のほうが知識がある」「経験がある」と言いたいのだろう。
「あなたより私のほうが価値がある」と思い込んでいるのかもしれない。
ハッキリ言って、こういう事はどうでも良いのだ。
ポイントは『自分自身が成長しているか否か』である。
今日の失敗を明日に繋げられるか?
自分自身はサボらず、丁寧に仕事を行ったか?
自分の価値観に沿った生き方ができているか?
自分に正直に生きて、自分自身の成長を感じよう。
高貴な人とはそういう人のことである。