先日、救急外来勤務の時に80代の男性が救急車で搬送されてきた。
主訴は「39.0度の発熱」
救急車で搬送されてきたので、さぞかし重症かと思いきや、救急車から歩いて入ってきた。
時々来られるのだが、いわゆる「軽症事例」である。
家にいたら悪寒がして、熱を測ったら39.0度あったので、救急車を呼んだそうだ。
輸液を1本投与して帰宅となった。
帰り際に医師が「解熱剤は必要ですか?」と尋ねると、
本人が「いや、要らない」という事であり、そのまま帰宅になった。
その1時間後、娘と名乗る人物から電話があり、
「熱があって受診したのに、解熱剤も処方しないとは何事か」
「診察した医者を出せ」
「熱があるので抗生剤を出せ」
と言ってきた。
- 本人が解熱剤を要らないと言ったこと
- 発熱だけで抗生剤は処方できないこと
- 現在熱の原因を探すために血液培養検査を出していること
などを医師が電話で説明したが、聞く耳持たず、乗り込んできた。
以前は風邪で抗生剤を処方することが「当たり前」とされていたが、今はAMR(薬剤耐性)が問題となっており、簡単に抗生剤を処方することはない。
腸に存在している「免疫に役立っている菌」まで殺してしまい、最終的に耐性菌を生み出す。
さらに、高齢者では肝臓や腎臓に負担をかけてしまい、デメリットの方が大きい場合がある。
現在の身体の状態がかなり悪い場合は処方を考えるが、食事が取れて活気がある場合、発熱くらいで抗生剤を積極的に処方することはない。
一時的に苦しいだろうが、水分と栄養をしっかりと取って、休むしかない。
説明しても埒が明かず、「以前は出してもらった」「出すのが当たり前」と言い、修正がきかなかった。
怒号が止まらなかったので、最終的に負担の少ない抗生剤を処方することになった。
私たちは専門家の言う新しい情報よりも、よく目にするものや、聞いたこと、自分の身近な人の言葉を信じる傾向にある。
行動経済学ではこれを「利用可能性ヒューリスティック」と言うそうだ。
人間が意思決定を行うときに、よく見るものや印象に残りやすいものを基準に選択を行う思考方法のことである。
- CMで見たことがある
- ロゴを目にしたことがある
- この情報を知っている
という安易な情報だけで、物事を決定してしまう傾向にあるそうだ。
選挙で投票するときも「聞いたことのある名前」に投票してしまう。
だから選挙活動は「何度もしつこく」名前を叫ぶのが効果がある。
情報は常に変わっていく。
昔の考え方やCMに騙されてはいけない。
「今まではこうしていた」という安易な考え方は最善ではないと意識しておいた方が良い。