師長になって約5年。。。
はじめの頃は右も左もわからず、「管理とは」という事に悩まされてきたが、最近はそのような事も少なくなり、日々同じような毎日を過ごしている。
病院(病棟)では、日々色んな事が起きているが、『出来事』に左右されることなく、一つずつ処理が行えるようになり、多少の出来事では驚かなくなったし、感情の揺れも以前に比べて少なくなってきた。
これはこれで良いことなのだが、ふと『退屈』を感じることがある。
『シーシュポスの岩』という話を知っているだろうか?
私は最近まで知らなかったのだが、いろいろと考えさせられる話である。
シーシュポスという人が、神様を二度も欺いたとして罰を受ける。
その罰の内容は、大きな岩を山頂まであげるというもの。
ただ、あと少しで山頂というところまで岩を押し上げると、岩は底まで落ちてしまい、この苦行が永遠に繰り返されるという話である。
Wikipediaの文章を参照としておいておく
シーシュポスは神々を二度までも欺いた罰を受けることになった。
彼はタルタロスで巨大な岩を山頂まで上げるよう命じられた
(この岩はゼウスが姿を変えたときのものと同じ大きさといわれる)。
シーシュポスがあと少しで山頂に届くというところまで岩を押し上げると、岩はその重みで底まで転がり落ちてしまい、この苦行が永遠に繰り返される。このことから「シーシュポスの岩(英:the stone of Sisyphus)」「Sisyphean labor」の語は、日本での「賽の河原」同様に「(果てしない)徒労」を意味する。
同じような『苦行』を行うにはその仕事に「意味」を見出さないとバカバカしく感じてしまうようになる。
繰り返す日々の中で「また同じことか」と思ってしまうと、人間はやる気を失ってしまう。
脳は考えることを止めてしまう。
「目標が大事」と言われるが、繰り返す退屈な日々は目標を創造することが難しくなる。
ではどうすれば良いのか?
『行動経済学』では、「行動を書き留めること」が勧められている。
「計画」を書く人は多いが、「結果」を書く人は少ない。
「日記」などは日々の生活に意味を感じさせてくれるそうだ。
毎日の仕事は「計画通り」に実行できることは少ない。
計画よりも「結果を記す」ことが大切なのかもしれない。
『予定外の出来事』や『終了したこと』も手帳に書くようにしてみると少し改善されるかもしれないな・・・と思い、今日から試してみることにした。
同じ時間を過ごすなら、意味のある時間を感じながら生きたいと思う。
皆さんも一緒にどうだろう。