先日、夜間に救急外来で勤務をしていると、一本の電話がかかってきた。
「死にたい」
「今から手首を切って死のうと思う」
と電話口で言ってきた。
さすがに「ハイ、お好きにどうぞ」とは言えず、しばらく話を聞いた。
こういうケースは単なるアピールが多い。
何かしら「注目して欲しい」「話を聞いて欲しい」「寂しい」の裏返しだ。
本気で死のうとする人は、わざわざ病院に電話なんてかけない。
自分の居場所が見つけられず、注目される事を言うことで安定を保とうとしている。
いわゆる、「大人こども」だ。
(見た目は大人、心は子供・・・という意味)
病院にいると、色んな人がいるな・・・と思う。
その中でも「大人こども」は多い。
医師や看護師の中にもいる。
自分の思い通りに行かない時に、あきらかに不機嫌になる人は「大人こども」である。
表在化していないだけで、誰の心のなかにも「大人こども」はいるのかもしれない。
「私の話を聞いて欲しい」
「私にかまって欲しい」
「私を認めて欲しい」
誰にでもある欲求で、社会生活の中で上手にバランスを取っている。
誰かが誰かに話し、誰かが誰かの話しを聞いてくれる。
しかし、社会的な繋がりの薄い人はその相手がいない。
話をしたり、話を聞いたりする事は必要なのだ。
以前にも記事に書いたが、私は部署で「雑談」を大事にしている。
「雑談」の中でスタッフは社会的な繋がりを感じ、「雑談」の中から仕事の改良点が見つかる。
一見「無駄話」に見えるが、それくらいリラックスして話せる環境は必要である。
昔の主婦たちは「井戸端会議」の中で「雑談」を楽しんでいたようだが、現代社会の中ではなかなかその環境は作りにくい。
「雑談」は人間の幅を広げ、社会的な知識や知恵を得られる。
話は大きくそれたが、冒頭で電話してきた患者さんは、50分程話して電話が切れた。
時間はかかったが、リストカットは逃れたので良しとしよう。
仕事は色んな事を教えてくれる。